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地球に「健康的な食事」に変えよう!

=実は気候変動と密接な食料問題=

2021年11月18日

地球環境

主任研究員
遊佐 昭紀

 2021年9月、国連は初の「国連食料システムサミット」を開いた。その背景には、食のあり方を見直さなければ「持続可能な開発目標(SDGs)」は達成できないという、アントニオ・グテレス事務総長の強い危機感がある。実は、食料問題は気候変動とも密接に関わっているのだ。現在、食料をめぐり何が懸念され、それがわたしたちの暮らしとどう関わっているのか-。本稿ではこの問題を論じてみたい。

異常気象や自然災害が多発、温暖化で不足する農地

 まず、「食料システム」とは何か。食べ物の生産から加工、流通、消費までの過程と、それらを支える体制全体を意味する。

「食料システム」全体像

図表(出所)筆者

 中・低所得国を中心とした人口の増加と経済成長に伴い、世界の食料需要は拡大を続けている。現在約78億人の世界人口は、2050年に1.24倍の97億人に達する見込み(国連の中位推計)。しかし、農作物の需要の伸びはこれを大幅に上回る可能性が高い。豊かになった国では肉食の習慣が広がり、飼料用穀物などの需要を押し上げるからだ。

 問題は、こうした需要拡大に応じて農地を増やせるかどうか。懸念されているのが、地球温暖化の影響である。世界中で異常気象や自然災害が多発しており、農業に適した土地を見つけにくくなっているからだ。現在でも世界の約1割の人は食料不足で十分に栄養を取れていないが、こうした問題がさらに深刻化する恐れがある。

「食」を取り巻く将来の懸念
図表(出所)各種報道を基に筆者

 さらに問題を複雑にしているのは、食料システム自体に温暖化を加速している側面があることだ。例えば、田畑にまく肥料のほか、ウシのげっぷや排泄物からは、メタン(CH4)や一酸化二窒素(N2O)といった温暖化ガスが発生するのだ。メタンの温室効果は二酸化炭素(CO2)の84倍、一酸化二窒素のそれは264倍に達する。

農業分野で人為的に排出される温室効果ガス

図表(出所)筆者

 実際、家畜・酪農由来の温暖化ガスだけで、米国の総排出量に匹敵する。英科学誌「ネイチャー」傘下の専門誌「ネイチャー・フード」に投稿された論文によれば、食品の加工や流通なども含めた食料システム全体から出る温暖化ガスは、2015年時点で排出量全体の3分の1を占めるという。人口増加に対応するため、単純に農業生産を拡大すれば済むという話ではないのだ。

地球にとって「健康的な食事」とは?

 人口増に見合った食料を確保しようと農地を増やせば、温暖化が加速して農業に適した土地が減ってしまう-。持続可能な社会の実現には、このジレンマに向き合う必要がある。具体的には、どうすればよいのだろう。

 この問題に対し、英医学誌「ランセット」などがつくるEAT-ランセット委員会は「プラネタリー・ヘルス・ダイエット(地球にとって健康的な食事)」の導入を提唱している。つまり、わたしたちの食生活を持続可能な形に転換していく取り組みだ。

 具体的には、①タンパク質源を肉類から大豆などの植物性に置き換える②穀物の摂取を減らし、野菜や果物の比率を高める③食料由来の廃棄物(食品ロス)を半減させる--が3本の柱になる。

「プラネタリー・ヘルス・ダイエット」の3本柱

図表(出所)筆者

 ①は畜産の過程で発生する温暖化ガスを抑制するとともに、飼料用の穀物生産を減らすのが狙い。コメなどの水耕栽培作物は野菜・果物に比べてメタンなどの排出量が大きいため、②も温暖化ガスの削減につながる。③では農作物をムダなく使えるため、必要量の伸びを抑制できる。

 こうした食生活の転換を実現するには、まず企業セクターなど食料システムの「上流」が変わっていく必要がある。すでに大豆などから作る代替肉の研究や、ビッグデータなどを活用して需要予測を精緻化し、流通の過程で生じる廃棄物を減らすシステムの整備が進められている。例えば、大手家電メーカーは新しい家庭用冷蔵庫の開発に取り組む。庫内にカメラやセンサーを設置。何が入っており、消費期限がいつなのかを人工知能(AI)が判断し、スマートフォンなどで利用者に知らせることで食品ロスを減らす仕組みだ。

 ただし、農家や企業の対策を待たなくても、食料システム由来の温暖化ガスを減らすことはできる。そのカギを握るのが、システムの「下流」にいる私たち消費者の協力だ。

 購入した食品の存在をうっかり忘れ、消費期限が過ぎて廃棄した経験は、だれにもあるのではないか。実は、食べ残しや消費期限切れなどによって家庭で廃棄される食品は、日本だけで年間300万トンに上る。これはスーパーなどの食品小売業や、外食産業で廃棄される量より多い。わたしたち自身が身近なところから生活習慣を見直すことが、温暖化や食料不足の回避に向けた第一歩になるのだ。

日本の食料システムから発生する廃棄物(2016年度)
図表(出所)アクセンチュア「2030年を見据えたイノベーションと未来を考える会
イノベーション・エグゼクティブ・ボード(IEB)サーキュラー・エコノミー」を基に筆者

 そもそも、日本は食料の半分以上を輸入に頼る。2020年度の食料自給率は37%(カロリーベース)と、主要国の中では特に低い。今後、世界的な農地不足や天候不順による不作が深刻化すれば、真っ先に農産物の価格高騰などの影響を受けるリスクが大きいのだ。だから、これまで述べてきたような施策、すなわち「食料システム変革」に早急に取り組む必要がある。気候変動が深刻化する今、食料不足は決して他人事ではない。

「食料システム変革」の方向性

図表(出所)筆者

遊佐 昭紀

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